悪夢のアルゼンチン共和国杯(前章参照)の1ヵ月半後、当初予定だったジャパンカップを回避し、有馬記念一本に標準を絞る、これが陣営が出したローテーションだった。
あのアルゼンチンのレース内容から、私自信「やはり早熟馬だったのだろう」と正直どこかで思ってしまうところもあり、例え有馬に出て来てもまず勝つことはあり得ないだろうと考えるようになっていた。新聞雑誌等でもグラスが取り上げられることは以前よりかなり少なくなり、すでに終わった馬として扱われていた。
そんな中、スペシャルウィーク・エルコンドパサーの対決で盛り上がっていたジャパンカップは、エルコンドルの圧勝で決着がついた。このレースを見て、エルコンドルの強さに驚き「的場騎手は選んだ相手を間違ったのではないか」とまで思ってしまったぐらい、私の中でグラスは終わった馬と決め付けていた。というよりも、子供じみてはいるが期待を打ち砕かれることへの恐怖心からそう思い込もうとしたのだと思う。
その年の有馬記念は例年になくすばらしいメンバーが顔を揃えた。2冠馬セイウンスカイ、春の天皇賞馬メジロブライト、女傑エアグルーブ、昨年の覇者シルクジャスティス。私は直前のグラスの調教を見ても馬券を買う気にはなれず、結局メジロブライトの単勝、馬連でエアグルーブにセイウンスカイを買った。
レースが始まった。菊花賞同様セイウンスカイが逃げる!ブライトは後方2〜3番手の展開。私はグラスを目で追うこともなく、購入馬券通りブライト重視でレースを見ていた。・・・が、レース終盤、3〜4コーナーを回る時、グラスがものすごい勢いで上がってくるではないか!当然馬券は買っていないが、私は声を張り上げ「よーし!行け〜〜!!グラス差しきれーー!」と叫んでいた。
期待しなければならないはずのブライトが直線猛然と追い込んで来るのを見て「差すのなーー!」自分でも訳のわからない言葉が自然と出ていた。
グラスが1着でゴールを駆け抜けた・・・あの時の感動はとても言葉では伝えにくい。何もかもを忘れて喜べる瞬間というのものが本当にあるものなのだ。私はあまり感動をして涙を流すような人間ではないが、あの時ばかりは目頭が熱くなったのを今でもはっきりと覚えている。
1着になったグラスが威風堂々と帰ってくる姿を見た時、恥じるような何とも言えない後悔の念に駆られた。馬券を取りたかったということではなく、どうしてグラスを信じて馬券を買わなかったのだろう、数レースの実績であれだけ信じて入れ込んだ馬に世間と同じ評価をくだしてしまっていた自分が悔やまれた。
競馬はギャンブルだ。馬券を買って見るレースと買わない時とでは、もちろん買って見るレースの方が楽しいしドキドキ感もある。でもそれだけではない、金銭の賭けや投資としてだけではない部分が競馬には絶対にあるという事をこのグラスの復活劇も一つの例えとして教えてくれたのだと思う。
次号 第三章「ライバルとの死闘」--◇グラスワンダー◇-- へ続く |